仕様書を読み込み、開発タスクに取り掛かろうとした瞬間、あなたの手は止まります。「この機能、どうやって実装するのが一番綺麗だろう?」「新しいクラスを作るべきか、既存の関数を拡張すべきか…?」
このような設計方針の迷いは、どんな開発者にも訪れます。ここで最も非効率なのは、一人でうんうん唸りながら、不確かなままコードを書き進めてしまうことです。数時間後、あるいは数日後、コードレビューで根本的な指摘を受けて、膨大な手戻りが発生するかもしれません。
今回は、このような事態を避け、スムーズに開発を進めるための2つの重要なテクニック、「実装方針の事前相談」と、自己解決の魔法「ラバーダッキング」について解説します。
15分の事前相談が、5時間の手戻りを防ぐ
ソフトウェア開発において、最も費用対効果の高い活動の一つが、コードを一行も書く前の、チームメイトとの短い実装方針相談です。
たとえ仕様や設計が明確に文書化されていても、具体的なコードへの落とし込み方は開発者によって千差万別です。少しでも「これで本当に良いのだろうか?」という迷いを感じたら、それはコードを書き始めるのをやめ、チームに相談すべきというサインです。
効果的な「実装方針相談」の進め方
- まず自分の考えをまとめる: 「どうすればいいですか?」と丸投げするのではなく、「自分はこう実装しようと考えています」という仮説を用意します。
- コードの断片で話す: 抽象的な言葉だけでなく、具体的なシュードコード(疑似コード)や簡単なコードスニペットを見せながら話すことで、認識のズレを防ぎます。悪い例: 「ここでユーザー認証をいい感じに処理しようと思います」良い例: 「
auth.py
にauthenticate_user(token)
という関数を追加しようと思います。こんな感じです。ここでのエラーハンドリングは、AuthenticationError
というカスタム例外を投げる設計でどうでしょうか?」Python# auth.py (提案スニペット) class AuthenticationError(Exception): pass
def authenticate_user(token: str) -> User: # … トークン検証ロジック … if not is_valid: raise AuthenticationError(“Invalid token”) return user - 結論を言語化し、合意する: 会話の最後に、「では、今回は
AuthenticationError
例外を定義し、それをビューで捕捉する、という方針で進めますね」のように、合意した内容をチャットなどに残してお互いに確認します。
この短い相談によって、設計の方向性がチームで共有され、後のコードレビューは「方針の議論」ではなく「実装の正しさの確認」に集中できるため、非常にスムーズになります。
自己解決の魔法「ラバーダッキング」とは?
チームメイトが忙しくて相談できない、あるいは相談するほどでもない技術的な問題で詰まってしまった。そんな時に非常に有効なのが、**「ラバーダッキング(Rubber Ducking)」**として知られる問題解決手法です。
これは、机の上のゴム製のアヒルのおもちゃに向かって、今直面している問題を、あたかもアヒルが理解できるように、一行一行、丁寧に説明するというものです。
驚くべきことに、問題を他者(たとえそれが無機物であっても)に理解してもらおうと、自分の思考を言語化し、構造化するプロセスの最中に、開発者は自分自身の誤解や、見落としていた解決策に「あっ!」と気づくことがよくあります。
現代のラバーダッキング実践法
リモートワークが主流の現代では、物理的なアヒルだけでなく、様々な「壁打ち相手」がいます。
- テキストエディタに書き出す: まるでQ&Aサイトに質問を投稿するように、問題の背景、試したこと、何が分からないのかを詳細に書き出してみる。
- AIアシスタントに話しかける: ChatGPTやGeminiのようなAIに、問題の状況をステップ・バイ・ステップで説明してみる。良いプロンプトを考えるプロセスそのものが、思考の整理に繋がります。
- チャットツールで下書きする: チームのチャットで質問を書き始めたら、文章を組み立てている途中で自己解決してしまい、「すみません、解決しました」とだけ発言する。これは多くの開発者が経験する「あるある」です。
まとめ
実装における不確実性は、一人で抱え込むべきではありません。それは、立ち止まり、コミュニケーションを取るべきという重要なシグナルです。
- 設計やアーキテクチャに関する迷い → チームメイトと事前相談する。
- 具体的なバグやロジックに関する詰まり → ラバーダッキングで思考を整理する。
コードを書くスキルと同じくらい、問題を言語化し、他者と対話し、時には自分自身に説明するスキルも、プロのソフトウェアエンジニアにとって不可欠な能力なのです。