「モック(Mock)」は、テストを外部APIやデータベースといった、我々がコントロールできない要素から隔離するための非常に強力なツールです。しかし、その強力さゆえに、本来モックすべきでないものまでモック化してしまう**「過剰なモック(Excessive Mocking)」**というアンチパターンに陥ることがあります。
特に、自作の内部コンポーネント(Formやサービスクラスなど) までもモックで置き換えてしまうと、テストは本来の価値を失い、リファクタリングを妨げる「脆いテスト」になってしまいます。
今回は、「何をモックし、何をモックすべきでないか」という境界線と、内部コンポーネント間の連携をテストするための正しいアプローチについて解説します。
問題点:実装に密結合した「脆い」テスト
あるレビューサイトで、指定された星評価以上のレビューだけをフィルタリングして表示するビューを考えてみましょう。このビューは、ReviewFilterForm
を使って入力値を検証し、filter_reviews
サービス関数を使って実際のフィルタリングを行います。
過剰にモックを使った、悪いテストの例:
# tests/test_views.py
from unittest import mock
from django.test import TestCase
class TestReviewListView(TestCase):
# ビューが内部で使っているFormとサービス関数を両方モック化
@mock.patch("reviews.views.filter_reviews")
@mock.patch("reviews.views.ReviewFilterForm")
def test_search_with_excessive_mocks(self, mock_form_class, mock_filter_func):
# Arrange: モックの振る舞いを細かく設定
mock_form_instance = mock_form_class.return_value
mock_form_instance.is_valid.return_value = True
mock_form_instance.cleaned_data = {"min_stars": 4}
mock_filter_func.return_value = ["素晴らしい製品です!"]
# Act
response = self.client.get("/reviews/", data={"min_stars": 4})
# Assert: ビューがモックを「正しく呼び出したか」だけを検証
mock_form_class.assert_called_with({"min_stars": 4})
mock_filter_func.assert_called_with(min_stars=4)
self.assertContains(response, "素晴らしい製品です!")
このテストは成功しますが、ほとんど価値がありません。なぜなら、このテストが検証しているのは、「ReviewFilterForm
とfilter_reviews
が、ビューから特定の引数で呼び出されること」だけであり、「フォームとフィルター機能が連携して、実際にレビューを正しく絞り込めるか」という本来の機能については一切検証していないからです。
このテストは、ビューの実装の詳細に強く依存(密結合)しています。もし将来、filter_reviews
関数の名前をsearch_reviews_by_rating
に変更するリファクタリングを行っただけで、このテストは即座に壊れてしまいます。ユーザーから見た機能は何も変わっていないにも関わらず、です。
解決策:内部コンポーネントの連携は「統合テスト」で検証する
自分が作成したコンポーネント(ビュー、フォーム、サービスなど)が、互いに正しく連携して機能するかを検証したい場合、それらをモックで置き換えるべきではありません。代わりに、テストデータベースとテストクライアントを使い、一連の 흐름 を通してテストする**「統合テスト(Integration Test)」**を書くべきです。
モックを使わない、良い統合テストの例:
# tests/test_views.py
from django.test import TestCase
from .factories import ReviewFactory
class TestReviewListView(TestCase):
def test_search_integration(self):
# Arrange: テストデータベースに「本物の」データを作成
review_to_find = ReviewFactory(stars=5, content="最高の製品です!")
review_to_ignore = ReviewFactory(stars=3, content="まあまあでした。")
# Act: 実際にビューのエンドポイントにリクエストを送る
response = self.client.get("/reviews/", data={"min_stars": 4})
# Assert: 最終的なHTMLの出力結果(ユーザーが見るもの)を検証
self.assertEqual(response.status_code, 200)
self.assertContains(response, "最高の製品です!")
self.assertNotContains(response, "まあまあでした。")
このテストは、ReviewFilterForm
やfilter_reviews
の存在を直接は知りません。ただ、GET /reviews/?min_stars=4
というリクエストを送ったら、最終的にどのようなHTMLが返ってくるべきか、というユーザーから見た振る舞いを検証しています。
このアプローチの利点は絶大です。
- 実際の振る舞いをテスト: ビュー、フォーム、サービス、モデル、テンプレートがすべて連携した、現実の機能性を検証します。
- リファクタリングへの耐性: ビューの内部実装をどのように変更しても、エンドポイントの振る舞いが変わらない限り、このテストは成功し続けます。これにより、安心して内部コードの改善に取り組めます。
- 高い信頼性: このテストが成功すれば、「星4以上で絞り込む機能は、ユーザー視点で正しく動作している」という強い自信を得られます。
では、いつモックを使うべきか?
モックの正しい使い道は、テスト対象を**「あなたがコントロールできない、あるいはテストしたくない外部依存」**から隔離することです。
- 外部API: 決済ゲートウェイ、気象情報サービスなど(前回の記事を参照)。
- 時間:
datetime.now()
に依存するコードをテストする場合(freezegun
など)。 - ファイルシステムや重たい処理(機械学習モデルの呼び出しなど)。
原則は、**「自分で作ったコンポーネント同士の連携はモックせず、外部の世界との境界線をモックする」**です。
まとめ
モックは万能薬ではありません。使い方を誤れば、テストの価値を著しく損なう劇薬にもなり得ます。
- 自分のアプリケーション内部のクラスや関数は、原則としてモックしない。 それらの連携こそが、テストで検証したい価値ある振る舞いだからです。
- 内部コンポーネントの連携をテストするには、統合テストを書き、ユーザー視点での振る舞いを検証する。
- モックは、外部APIなど、コントロール外の依存関係を断ち切るために限定的に使用する。
テストを書く際には、「このテストで本当に検証したいことは何か?」と自問し、モックが本当に必要かどうかを慎重に判断する習慣をつけましょう。